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新しい手帳にしました

なんで今どき?と思われる方も多いと思いますが、実は今どきなんです
文具店、書店 だいだい的にコーナーを設けているのです

カレンダーと同じく新年に新しい手帳を というのが日本人の常識かもしれませんが
これが案外使いにくいのです

年末年始をまたがる期間で2冊の手帳を同時に持ち歩かなければならないからです
予定を組むのは前年の手帳 そこに相手先データ(電話番号とか)をメモることが
結構ありませんか?

そして、年が明けて実際そのスケジュールを実行するタイミングには前年の手帳は
机の中 「訪問先に連絡を入れたいが、電話番号がわかららない・・・」

それを解決してくれるのが 10月スタートの手帳です

外国では 10月から新年度という地域も多いからか、従来から10月スタートが
普通だったらしいのですが、その文化が日本にももたらされて今やスタンダード化
しつつあるのでは

確かに切り替え時期は2冊に書き込み、両方持ち歩かなければなりませんが、特に
あわただしい師走年末に持ち歩くよりはましかもしれません

あるいはこの時期だと多少時間に余裕があり、新手帳への書き写しの時間が取りやすい
という事も言えるのでは

このご意見に賛同の方は是非 文具店、書店に足を運んでみて下さい

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最近 週末雨です

先週 土日は雨模様
その前週 土日も雨でした

確かに 西日本は 梅雨入りしたはずだけど
東北はまだですよね
よりによって 週末だけとは

運動会、遠足 いろいろ行事の多いこの季節
雨だと ほんとに トーンダウンです

しかし ここで雨の休日だからできること ベスト5の発表です

1.取りためたDVD鑑賞 映画、ドラマ まとめて処理できます
   (うちの奥さん またまた 冬ソナ見てます よく飽きない)

2.やはり 読書でしょ 今、山崎 豊子 「運命の人」 いってます

3.そろそろ冬物しまわなくては 衣類の整理
     (けど 昨日今日はまた冬物要りますね)

4.少し気分転換 部屋の模様替えなど いかがですか

5.室内スポーツの花形 卓球 (最近 子供がはまってます)

来週の週末も雨でしたら あなたも どれかやってみたら?






熱い夏

熱い夏 けっして漢字を間違えた訳ではありません
今年の夏の暑さは「熱い」の文字でなければ表現できません

ニュースでは毎日のように 熱中症による死者 を報じてます

夏の定番 ガリガリ君は品薄状態が続き 赤城食品の株価は気温と
同様に うなぎのぼり

そんな中 よりによって この太陽光線のもと 海水浴に精を出した
おかげで わたしの肌はぼろぼろ 正直、やけどです

ほんの半日くらいの日光浴で まっかっか
数日後には 1回目の皮むけに突入です
普通は1回むければ そこそこの黒さが残るのですが、今年の
日焼けは肌の内部まで焼けているようで まだ赤いまま
また 数日後には 2回目の皮むけに突入です

地球の温暖化 オゾン層の破壊 など 地球を襲った 異常さが
私の皮膚まで 直撃です

9月まで 高温気象は続くとの長期予報
みなさん おでかけには しっかり日焼け止め対策 そして
日傘を忘れずに
おやすみ前には しっかり ケア しておやすみなさい




今日はひなまつり

今日は3月3日 ひなまつり
かといって 何も予定はありませんが・・・

さて、今回2度目の登場ですが、前回のつづきのお話をしたいと思います

大通りで生まれた私ですが、幼稚園は中央通の盛岡幼稚園に通っておりました
NTTさんの裏に現在もあると思いますが

何かその当時の思い出を書きたいと思い、記憶をたどってみましたが
すいません 何も出てきません

ただ、思い出したのは 当時 近くにあった お店(今は当然無いところばかり)

1、おすし でんすけ かんぴょう巻とたまごが大好きでした(親は安上がり・・・)
2、洋食  うしお  なんと言ったて ハンバーグ マスターは白髪のおじいさん
3、丸藤 今と同じです
4、イイヅカ デパート? 大通りと映画館通りの交差点

これらのお店の前を通って 通っていたと思いますが(歩いてかな?)

やっぱり、美味しかった思い出はなかなか忘れないものでした

おまけ 中の橋の近くに 松屋というデパートがあったんですよ
エレベーターが 格子状のレトロっぽいもので よく遊んだものです

もちろん、肴町 川徳 屋上はこどもの天国でした

初めてお目にかかります
私、生まれも育ちも盛岡大通りでございます
生家は今やその姿は影も形もなく、その地、大通り3丁目には今月なんと「クロステラス
morioka」が華々しくオープンした次第でございます
その昔、その地には戦前(イラク戦争ではありません)に建てられた同じような住宅が
20軒ほど軒を連ねておりました
その1軒が私が出生からご幼少、そして淡い初恋の時を過ごした中学時代、かすかな
スリルを楽しんだ高校時代までの18年間を過ごした家なのでした
20軒あった住宅も年々その数を減らし、残り少なくなり、ついにはその姿がなくなり、
殺風景な駐車場に成り下がって数年、その前を通るたびにさみしい思いをしておりました
この7月、その近所の開運橋通1-1にデスクを置いた数ヶ月後、わが生家の跡地も
盛岡の最新スポットとして生き返ったこのタイミング(なんとすばらしい)
まるで私の帰盛を待っていたかのように・・・
こういう思いに浸るのも歳を取ってきた証拠でございましょうか
毎日、通勤のみちすがら、昔に思いを寄せて会社に向かう今日この頃でございます
さて、次回は記憶をたどり、幼稚園時代のエピソードをご紹介
乞うご期待!

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